11.2.09

「変身」

主人公であるグレゴール・ザムザはある朝、眼が覚めると自分が巨大な虫に変身してしまっている。この冒頭部分を読む限りでは、現実世界とはかけ離れた非常に奇怪な世界の中で物語が展開するのではないかと思っていたが、そうではなかった。

グレゴールが虫に変身してしまったことが家族に対して与える影響は決して大きくない。一家の稼ぎ頭だったグレゴールが働くことが出来なくなった以上、商売に失敗して隠棲していた父親や17歳の妹までもが働かなくてはいけない状況になったがそのこと自体はそれほど珍しいことではない。別に虫でなくてもグレゴールが何か重い病気を患ってしまったとしても同じことである。
家族の一人がある日突然、巨大な虫に変身してしまうという非現実的なことがおこったのだから、家族はもちろんそれを取り囲む人達が平静でいられないのが普通である。パニックになって普段ではあり得ない異常な行動をとってしまっても何ら不思議な無いし、むしろそれが当然だろう。

しかしこの物語ではその「当然」が起こらない。家族はグレゴールが虫になった原因を究明するわけでもなく、元の人間の姿に戻す手段を探すこともしない。かといってグレゴールを排除することもせず家族はただその状況を受け入れ、その上で普通の生活を維持しようと努めるだけ。当のグレゴール自身も人間らしさを維持しようとは試みるが解決しようという気配は一切無く、虫として隣の部屋から遠巻きに家族の行方を観察しているだけ。

物語は一貫して現実世界を淡々と描写するだけ。そこには何ら主義、主張があるわけではない。グレゴールが虫に変身してしまった以外は我々が現実に体験している世界そのままである。しかしグレゴールが虫に変身したという現象その一点において日常的な光景がひどく異常なものに「変身」してしまう。我々が普段暮らすこの現実世界も実は異常なものかもしれないという疑念を呼び起こす作品だと思う。

3 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

「虫」への変身これは違うことに簡単に置き換えられるだろう。メンヘラとか・・・

重要なのは、「虫になっていた」という一文によって何より変身したのは読者だ、ということではー?

Inomata Teppei さんのコメント...

>toru
もしかしたらカフカは「虫に変身した」という最初の設定のみが重要で、それ以外は何でも良かったと思っていたもしれない。事実ありきたりな日常しか描かれていない。

でもやっぱり俺は「変身」という行為を経て、異常に(って言うのは言い過ぎかもしれないけど)なってしまった日常の光景に興味がいくな。

匿名 さんのコメント...

ザムザがかわいそう。